ひどくうなされて目が覚めた。
シーツなんてもう、ぐっしょりになっていて背中が気持ち悪いったらない。

ごろん。
とりあえず、寝返りをうってみる。

ごろん。
もう一回。
数回、その気持ち悪いシーツの上をごろごろとしてから、どうしても寝就けないのを知った俺はしかたなく、キッチンで水を飲むために起き上がった。
トランクスが汗で張り付いてベタベタだ。
俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、そこにあったマグカップに一杯ついだ。
そして一気に飲んで、続け様にもう一杯つぐ。
今度は半分くらい。
割に大きいカップだから、これくらいがちょうどいい。
飲み終わって、俺は薄暗いキッチンで溜め息をついた。
冷たい水がうまい。
意識がすこししっかりする。
そして、思い出す。
「・・・・変な夢」
今、なにかすごく変な夢を見た。

夢の中でオレは、別れた彼女の家に向かっている。
どうやら、迎えに行くつもりらしい。
(なんで・・・)
夢の中の自分に俺は尋ねる。
でも聞こえるはずはない。
外部意識の俺は、何故夢の中のオレがそんな行動をとっているのか、分からない。
それでも、夢の中のオレがとても楽しい気分なのは伝わってくる。
俺は、何故かオレの行き先が彼女の家だと分かっていた。

(そりゃ・・、彼女の家は知ってるけど・・・)
同じ校区内の彼女の家へは何度か遊びに行ったことがある。
別れたから、もうしばらくは行っていないが・・・。

ぼんやりと別れた彼女の顔を思い出し、気分が苦くなる。
まぁ、いいじゃないか。そんなことは。
とにかく。
夢の中の俺は、そのうち彼女の家の前に着いた。
そして、インターホンを押そうとした瞬間。
俺は何かにとてつもなくびっくりして、そのまま固まったのだ。

 そこで、目が覚めた。
「・・・・なんだったんだよ・・・」
気になる。
嫌な夢だ。
しかもリアルだった。
だって、これだけ汗をかくようなことがあった(はず)なんだ。
暑いせいもあるけど、それでも、オレはとてつもなくおどろいていた。
(・・・もう一回寝たら見れ・・・・ないだろうなぁ・・)
無理無理。
そんなことできるか。
(そーいやクラスに「俺は同じ夢を何度でも見れる!」とか豪語してたやつ、いたなあ・・・。聞いとけばよかったなあ。
いやまてよ、別にもうどーでもいいじゃん。見たからってヨリが戻るわけじゃなし。
あー、胸くそわりい)
やな夢ってのは、よく続けて同じのを見たりとか、するけど。

 俺はとりあえずカップを置いて、寝室に戻る。
ベットを椅子代わりにして座ると、ギィィと嫌な音を立ててきしんだ。まるで、未知の生物の泣き声みたいだ。
薄暗い部屋で聞くと、気味悪い。
気分も悪い。
やつあたり、してんだ。
けれども、考えても仕方がないことのような気がしたから、さっさとクローゼットから服を出して、それを着た。
グレーのボタンダウンシャツとインディゴブルーの色の濃いジーンズ。色あせたヴィンテージものもいいけど、最近はなんとなく深い色のジーンズが気に入っている。

着替え終わって時計を見たら、ちょうど午前6時だった。
(これは、また・・・お早い起床で・・・)
こんな時間に起きたのなんて久しぶりだ。
夏休みは昼まで寝てるのが常識の俺にとって、日中の暑さよりもいくら過ごしやすい気温は気持ちがいい。
(・・・・さて)
どうしようか。
こんな時間にすることなんて・・・。
ちょっと考える。
「・・・ああ」
あった、あった。
そうだよなぁ。せっかく早く起きたんだから、家の中にいるのなんてもったいねーよな。
そう、時代は「早朝散歩!」
なんの時代だかしらねーけど。
・・・・ってことで、俺は散歩に出掛けることにする。
はっきりいって根拠はナイ。
ただなんとなくそう思っただけだ。
俺は今、きっと機嫌がわるい。
 
 玄関で、この間やっと手に入れたオールスターの赤いベロアのスニーカーを履いてドアを開ける。
薄暗い外の光りが差し込んできて、俺はその空気をめいいっぱい吸い込んだ。
庭で俺が種を蒔いた朝顔が咲いている。
母親に頼まれて買ってきた紫色のやつだ。
伸びてからみついた青々とした葉に、朝露が数滴涼し気に光っていた。

(おー、咲いてる。咲いてる)
朝だから、見れる光景だ。
(いつもは見れないもんなー・・)
そうかー、結構奇麗に咲いてたんだなぁ。
俺はそれを見て、少しいい気分で歩き出す。
庭の隅で犬が、眠そうに鳴きながら俺を見ていた。
(えー・・・と・・・)
出てきたはいいが、さて、どこにいったものか。
(こんな時間に外に出たの久しぶりだもんなー)
小学生のころはよく、朝早く起きて、友達とラジオ体操なんかに行ったりしたけど。
なんか・・・なつかしいなぁ。
あの頃って、なーんにも考えてなかったよな。
今もたいして考えちゃいないけど、なんていうか、こう。小学生の頃とか、すっげーちいさな事でもわくわくしてて。
道歩いてて、どっかの人の家の庭からひまわりなんかが顔出してたりするとその種が欲しかったっけ。
(ひまわり・・・か)
そういえばどっかに植えたよな。
種を持って行って・・・あれはどこだったかな?
(ええ・・と)
確か・・・。

俺は少し立ち止まって思い出そうとする。
数秒考えて思い出した。
(ああ、そうだ。あの空き地)
小学校の裏の空き地に、たしか植えたはずだ。
俺の頭の中にあの頃の顔が浮かんだ。

「ねぇねぇ。これ、咲くかな?」
「咲くよっ。ちゃんと水やれば」
「そうだね。楽しみだなぁー、あたしひまわり大好きっ」
「・・・俺より?」
「えっ?うーん・・・」
「・・・・」
「・・・ううん。じゃあ、ひまわりは2番目」
「・・・よし」


あーあ。
(・・・しょーもねー・・)
おもわずぐぐぐぐっと力を込めてしまうほどこっぱずかしい過去だ。
(なにが、「俺より?」だよっ。あー、恥ずかしい)
今日は自分に突っ込むところが多すぎる。
女の子は、何を隠そう別れた彼女だったりするから余計にバツが悪い。あの頃は純情だったんだ、俺も。
彼女の事を、ずっと守っていくんだ、なんてことを思ってた。
でも、正確な気持ちは成長していくにつれ言えなくなって、でもやっぱり気持ちは変わらなくて。
そして、同じ高校に入り、無い勇気を振り搾って告白したのが2ケ月前だったのに。

あっという間に、破局。
理由は・・・・よく分からない。
たぶん期待が・・・大き過ぎたのかもしれない。
ずっと小さな頃から彼女を見てて、なんか妙な理想像・・・みたいなの造ってたのかな・・?
わかんないけど。たぶん。
だから、彼女の嫌な部分とか、わがままとか、許せなかったんじゃないかな・・とか。思うわけだ。
ま、過ぎた話しだけど。

(さてと、この道はどっちに行こう?)
俺は左右に分かれた道路につきあたっていた。
右に行けばぐるっと回って、また家の前に出る。左に行けば、例の小学校へと続く道だった。
(ああ、ほんとなつかしいなぁ・・)
だんだんと昇ってくる太陽の光りに目を細めながら、俺は右へと曲がった。
ふわりと夏の空気に乗って、朝露に濡れた草の匂いがした。
小学校の頃、ラジオ体操へ出掛けた時に嗅いでいたあの匂い。ノスタルジックで、自分が小さくなったようで、今にも後ろから、彼女が呼ぶ声がしそうで。

なぜだか。
本当に。
俺は立ち止まって、そして振り返ってしまった。
そして、走り出した。

あの空き地は今でもあった。
敷地は小さくなって、いや、俺が大きくなったのか。とにかく、久しぶりに見るものだから、狭っこくて、うっそうとしてて、
(・・・もう野球できねーな)なんて思った。
それでも。
その茂みの片隅に。
嘘みたいに堂々として、黄色の太陽が。
あのひまわりがあった。
「・・・嘘みてー・・・」
本当にあった。
残ってるなんて奇跡に近いんじゃないか。
だって、もう何年も前に植えたんだ。
水だってやってない。
なのに。
俺は、その黄色のひとひらの上で揺れる水滴をなぞってみる。
弾かれて流れる色は、本当に鮮やかにその色を映しとって俺の手の平を滑った。
(・・・変わらないんだな・・・)

彼女と植えて、生えてきたひまわり。
やがて咲いて、そして散ったと思ってた。
今も咲いている。
俺達は流れて、変わって、速さに目を回しても、そのままの姿を留め、今俺の前に揺れている。

それを見てたら、俺は急に恥ずかしくなった。
誰にでも、平等過ぎる程平等に時間は過って、すべての物が風化していくと思っていた。友達も、親も、学校も、好きな俳優や、映画も。
そして、彼女も。
髪が伸びて、身長が伸びて、声が大人びて。俺の知ってる、俺の後ろにいつもくっついてた女の子がどこかに行ってしまうのが。
守ってあげたいと思っていた女の子は、いつのまにかきれいに成長して、俺の所から消える。
俺の知らない彼女は、大人の瞳をして、俺を見ていた。
「もう守られる必要はない」と言われているようで、俺の知らない彼女を直視できなかったのだ。

(・・・彼女は彼女なのに・・)
俺が、守りたいと思った彼女なのに。
たしかに彼女はあの頃のように、泣かなくなった。
俺は、なんだか物足りないような気分になっていたのかもしれない。
彼女を泣かしたくないと、ずっと思ってきたはずの俺が。
(・・・勝手だよな・・)
そんなことも分からなかった。
ただ、彼女が変わったことだけを責めていた。
「・・・変わらないのに」
今は。
泣かなくなったかわりによく笑うようになった彼女。
でも、彼女は彼女で、俺の事を変わったと思っていたのかもしれない。
(そうだよなー・・・)
外見が変わっても、価値観が変わっても。
今も、彼女が悲しい気持ちにならないわけじゃないことを、俺が好きだったのは誰でもない彼女だったことを、忘れていた。
「・・・・ごめんっ」
謝って、俺はひまわりの茎を力まかせに折り切った。
なかなか切れなかったけど。
それすら俺には浮かんでくる笑いの素になった。
(・・・さすがしぶといひまわりだよ)

 それから一気にかけだした。
大きなひまわりを抱えて、ひたすら走った。
途中で息が切れても、道行く人が不審な目で振り返っても、かまわずに俺は走った。
アスファルトに、靴音は跳ねていく。
全速力で、角を曲がって信号を渡って、大通りを1本横切って、まだシャッターも開いていない本屋の前を通りすぎた。
そして、息が切れたまま、彼女の家のインターホンを押そうとして。
止まった。

(・・あれ・・、これ。・・これって・・)
今日の・・。
・・・似てる・・よな。
(・・・このドアの向こうに何があるんだ?)
夢なら、俺は何かに驚くのだ。
何があるんだ?親が立ってる・・とか。
突然、犬とかが飛び出してくるとか。
それとも彼女の新しい彼氏とか・・・・?

・・・・・。

(・・ええい、ままよっ)
考えては見たが、このままじゃどうせらちがあかない。
俺はインターホンに手を伸ばした。

ドアが開いた。

彼女がいた。

俺は正直に驚いた。

インターホンに指が触れる寸前だったのだから。
インターホンに手を伸ばしつつ、片手ででっかいひまわりを持って固まった姿のまま、俺は言った。
「・・・・ひまわり、咲いてた」
彼女は目を丸くしてじっと俺を見た後、こくりとうなづいて、そして自分の手を上げた。
「・・・・こっちも咲いたわ」
「・・・へ?」
俺はきっと間抜けな顔で、彼女を見つめた。
でも、次の言葉は出なかった。
彼女が俺に抱きつく方が、早かった。

 誰かを抱きしめるだけで伝わる事がある。
彼女がしているように。

(先・・、越されたな)
彼女からはいい匂いがする。
俺はきっと汗臭い。
あんなに走ってきたのだから。
昔は、彼女も同じよーな匂いだったのに。
一日中遊んだ、草原の匂いと一緒に。
それは、もうしない。
でも、少し悔しいけど、彼女にはきっとあの頃から守られてきたのだ。
こうやって、素直な気持ちで、誰かを抱きしめることを教えたのも、彼女なんだから。

彼女の右手で小さなひまわりが咲いていた。
俺の左手で大きなひまわりが咲いていた。
これからも咲き続けることを願っているのは、俺だけじゃない。