僕の話。
 カップ麺の蓋を慎重に開けるのは、いつも開けすぎてしまうからだ。
 僕はいつも加減をし損なう。
 水道の蛇口、シャンプーのプッシュ、醤油の量。
 数えだしたらきりが無い。
 だから、慎重に、慎重に、と思いながら、銀色にコーティングされた紙の蓋をめくっていく。
 よし、今日はうまく行ったぞ。
 そう心の中でガッツポーズをしながら、ふと自分って小さいと思う。
 カップ麺ごときに踊らされる情けない僕。
 大体が、昼飯にインスタントというこの自体が少々情けない。
 けれど、外に食べに行く時間がもったいないのだ。
 仕事は山ほどある。
 午後イチで課長に提出する資料も。
 一応栄養が偏るのを恐れて、野菜ジュースを追加するあたりもさらに小心者くさくて嫌だ。
 
「まーた、カップ麺食べてる。今日は何ですか?」
 君が笑いながら、半分呆れながら言った。
「・・・カップスター」
 僕は憮然としながら答える。
 いい年した男がすするには、そのカップはちょっと貧相すぎる。
 会社の昼休み。
 隣の席の君は、いつも小さなお弁当箱を持参してくる。
 僕が少なからず思いを寄せている君。
 美人ではないが、愛嬌のある瞳と唇。
 スーツはあまり着ていなくて、いつもこぎれいなワンピースやシャツを着ている。
 それがまた似合っていて、僕はいつも眩しくもないのに目を細めてしまう。
 君に恋人がいるのかどうか、それが最近の僕の一番の関心事だ。
 仕事?
 いや、まあ、仕事もちゃんとやってるけどさ。
 ずるずると麺をかきこみながら、ちらりと君を盗み見る。
 今日の君の格好は紺のニットにストライプのスカート。
 行儀よく座って、小さな弁当箱をつついている。
 あ、玉子焼き、うまそう。
 君の玉子焼きは砂糖派か塩派か、はたまただし派か。
 ああ、食べてみたい。
「食べます?」
「へ?」
「だから、食べますか?玉子焼き」
 一瞬、心を読まれたのかと思って、焦る。
 君はそんなことお構いなしに微笑んで玉子焼きを僕に見せる。
 細い箸の先に収まった黄色の食べ物。
 けれど、僕は手を振ってそれを断る。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
 きっと、物欲しそうな顔をしてたに違いない。
「いや、いいよ」
「そうですか?じゃあ、食べちゃおう」
 ぱくり。
 ああ、君の口の中に消えていく。
 なんで、ここで「じゃあもらうよ」って言えないかなあ、自分っ。
 僕は心の中でわめく。
 食べたかったのに、と腹がぐう、と音をたてた。


 PM10時30分。
 薄暗い社内に、キーボードを叩く音が響く。
 また残業かあ。
 僕は、ため息をつきながら、隣の席を見る。
 君はとっくに帰ってしまった。
 他の連中も。
 一人でパソコンに向かっていると、昼間の事が思い出されて頭をかきむしりたくなる。
 千載一遇のチャンスだったのに。
 いつも僕はこんな調子だから、未だに彼女の一人もいない。
 同僚は次々と結婚していく中、財布からお札だけが旅立ち続けている現状。
 やっぱり、もっと愛想よくないとだめだよなあ。
 あそこで、うまい話題でも振れたら、君も少しはこっちを向いてくれるかもしれないのに。
 ・・・いかん、妄想だな。
 僕なんかにはもったいない子だ。
 そう妄想を振り払い、仕事に戻る。

 と、入り口に人影が動いた。
 はっとして、僕は振り返る。
「あ、やっぱり。まだいた」
 と、君は言った。

「ほら、栄養ドリンクとおにぎり。
あと、おかずも」
 君は微笑みながら、袋を差し出した。
「それとスープも作ってきたから、よかったら飲んでください」
 そう言って、水筒も差し出す。
 僕は、突然のことにことさら無愛想になりながら、あいまいなお礼をする。
「あ・・・うん、まあ、あり・・がとう」
「いーえ」
 ごにょごにょと君がその後なにかを続けた。
「え?」
 僕はうまく聞き取れなくて、君を見ずに聞き返した。
「だから」
 じれたような声がした。
 と思ったら、君の手がこっちへ伸びてきて、僕の顔を無理やりそちらへ向かした。
 僕はあまりのことに言葉がでない。
「だから、お礼はデートでいいですから」
 君の顔は真っ赤だった。
 怒ったようなすねたような顔をしていた。
 僕はといえば、呆けたような顔をして(実際呆けていたわけだが)ぼーっと君を見ていた。
 怒った顔もかわいいなあ。
 と思った。
 君は、真っ赤なまま続ける。
「半年前、お弁当毎日作ってきてえらいって言ってくれたでしょう?私、それがとってもうれしかった。あれから、もっとまじめにお弁当作るようになったし」
 そういえば、そんなことも言った気がする。
 君はさらに続ける。
「この半年間、延々とモーションかけてるのに、全然気づいてくれないんですもん。
望み無いのかと思ったけど、でも間違ってたらごめんなさいだけど、あなたも好意持ってくれてそうだったし・・・思い切って」
 それに・・・、と君は言った。
「誕生日だったでしょう?」
 言われてはじめて気が付いた。
 そうか、今日は僕の誕生日だ。
「実はケーキも、買ってきました」
 君は、もうひとつ紙袋を持ち上げた。
 ショートケーキだけど、と君は付け加えた。

 僕の頭の中では鐘がなっていた。
 リンゴーンカーン。
 まさにそんな感じ。
 まったくおめでたいことに、無機質な机とパソコンと紙だらけの部屋に、いっぺんに花が咲いたような気がした。
 現実、おめでたくて涙が出そうだった。
 

 僕は力いっぱい君を抱きしめた。
 君の肩のあたりからするいい匂いをこれでもかと吸い込んだ。
 眩暈がしそうなくらい芳しい匂いだった。
「いたい、いたいよ」
 君がびっくりしたように言った。
 もう少しで君は、地面から浮いてしまいそうになっていた。
 ケーキの紙袋は押しつぶされていた。

 あ、またやったな。
 と、思った。
 これだから、僕というやつは。
 いつも加減をし損なう。

 僕は力を抜いて、もう一度、慎重に君を抱きしめる。
 今度は痛く無いように。
 
 君が笑った。
「ケーキ、だめになっちゃった」
「食う」
 即答した。

 僕の話はこれでおわり。
手づかみで食うぼろぼろになったケーキは、今までで一番うまいものだったことを付け加えておく。
 そして、まだ続いてる。